便利グッズが増えるほど、自由が減っていきました

今日は午後からご自宅サポートへ。
サポート先の近くの北野天満宮の梅は7〜8分咲きでした。

最近、サポート先のご自宅でよく見かけるのが
「便利グッズ」や「時短グッズ」
今日の訪問先でも
今まで見たことがないモノが多数
「これは何に使うものですか?」
と何度聞いたことか。
その度に「へぇ〜」と驚く私。
そして
「これって要りますか?」
と、つい口をついて出てきます。
要るからあるんですよね、
それはわかっているのですが、
なくても困らないんじゃないかと思うのです。
「ほんとに要りますか?」と。
便利グッズや時短グッズは
家事を楽にしてくれそうな気がします。
確かに楽になるかもしれません。
でも、なくても困らないモノでもあるのです。
かつての私も、
「これがあれば、家事が楽になる」
「これで時間が生まれる」
そう思って、便利グッズを買っていました。
けれど、実際には、
そのグッズを取り出し、
使い方を思い出し、
使った後は洗って、しまう。
そのひと手間が、いつしか面倒になり、
やがて収納場所の奥の方に
しまわれたままになっていきました。
自由になるはずだった時間は、
自由にはならなかったのです。
せっかく買っても
数回使っただけでお蔵入り。
まだ使えるし、もったいないから捨てられない。
そんなことを何度繰り返したことか。
そして、便利グッズは
結局、手間がかかるだけで
私には向かない、必要ない
という結論に至ったのです。
なければ「考える」ということを
私たちはします。
そして、なくても他のもので代用したり
他の方法を考えて、不便をなくしていきます。
考えることをやめてしまうと
思考が停止して
思考がモノに支配されてしまう。
思考することをやめてしまうと
新たな発見がなくなり
未来への希望がもてなくなります。
便利であることが、
必ずしも豊かさにつながるわけではない。
モノが少ないからこそ、
自分で考え、
工夫し、
本当に必要なものが見えてくる。
断捨離を通して私が手に入れたのは、
便利さではなく、
「自分で選び、自分で生きる感覚」
だったのかもしれません。









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