必要なのは、食材ではなく安心感だった

実家でも、ご自宅サポートに伺ったお宅でも、
よく見かけるのが、多すぎる食料品です。
冷蔵庫の中、冷凍庫の中、
そして戸棚の奥にも。
明らかに、家族の人数からすると
多すぎる量が保管されています。
実家の母は、
「いつ買い物に行けるかわからないから、
つい多めに買ってしまう」
と言います。
その気持ちは、よくわかります。
私自身も、断捨離を始める前は、
週末になるとまとめて食料品を買っていました。
平日は仕事で帰りが遅くなるため、
週末に買っておかないと不安だったのです。
けれど実際には、
買った食材を使って調理する時間は
ほとんどありませんでした。
早く帰れた日はデパ地下のお惣菜を買い、
遅くなった日は、遅くまで開いている
スーパーでお惣菜を買う。
そうして一週間が過ぎ、
週末に買った食材は、
冷蔵庫の奥に残ったままになっていました。
冷蔵庫の奥には、
買ったことさえ忘れていた野菜がありました。
「今週こそ使おう」
そう思いながら、また次の週末を迎える。
そして、新しい食材を買い、
古い食材はさらに奥へと追いやられていく。
そんなことを、何度も繰り返していました。
使いきれないとわかっているのに、
どうして、また買ってしまうのだろう。
今振り返ってみると、
それは、
「いつ買えるかわからない」
という不安よりも、
ただ、「買いたかった」のだと思うのです。
食べるためというよりも、
冷蔵庫に食材があることで、
安心したかったのです。
きちんと暮らしている、
ちゃんと備えている。
そんな安心感を得たかったのかもしれません。
断捨離を通して、
自分の持っているモノを俯瞰して見るようになると、
自分がどれくらいの量を持ち、
どれくらいのペースで消費しているのかが、
少しずつわかるようになってきました。
自分にとってふさわしい量。
ふさわしいペース。
それがわかってくると、
必要以上に取り入れることがなくなります。
足りなければ、
その時に足せばいいのです。
でも、多過ぎると溢れてしまいます。
以前の私は、
多すぎても、そのまま持ち続けていました。
手放すことよりも、
持ち続けることの方が
安心だと思っていたから。
けれど、
必要な分だけを取り入れるようになると、
食材を無駄にすることが、
ほとんどなくなりました。
無理に消費することもなくなり、
消費できなかったという罪悪感を
感じることもなくなりました。
必要だったのは、
食材そのものではなく、
安心感だったのだと思います。
そしてその安心感は、
モノの量ではなく、
自分の暮らしを把握している、
という実感から生まれるものだったのです。
断捨離は、
モノを減らすことではなく、
自分にとって本当に必要な量を知り、
自分の暮らしと自分を信頼できるように
なるための過程。
必要な分だけを取り入れる。
それが、自分への信頼と
暮らしの安心へと
繋がっているのかもしれません。









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