先輩OBに断捨離を熱く語る

今日は前に勤めていた職場の退職者の集いでした。
私の同期はまだ定年の年齢に達していないので、
かつてお世話になった先輩たちばかりです。
どんな方が来られているのだろうと
多少の緊張もありましたが、
以前一緒にお仕事をさせていただいた方の
お顔を久しぶりに拝見すると、
懐かしさが溢れてきました。
今、何をしているんだと聞かれ
「断捨離のトレーナーです」と答えると
みんな顔が「?」になります。
そうですよね。
普通は定年後、どこか関連のところに
再就職する方がほとんど。
お勤めではなく起業なんて
誰もいませんでした。
会う人、会う人に断捨離の話をすると
「うちもモノが多いのはわかってるんやけど…」
とおっしゃいます。
「…」のところはおそらく
”捨てられへん”と言いたいのだろうなと思いながら
お話を伺っていました。
皆さん、モノが必要以上に多いということに
気づきながら、放置している
というのが現状なのですね。
仕事では、先延ばしにせずに
サクサクと片付けていらっしゃったのに
お家のモノは仕事のように
サクサクとはいかないようです。
多くの人は、使ってないモノが溢れている
ということには気づきながら、
それに向き合うタイミングを見つけられずに
先延ばしにしています。
いつまで先延ばしにするのか
と考ええるのですが、
そのまま、自分がこの世からいなくなるまで
モノと共に過ごす方がほとんどです。
ほんとうは空間がモノに圧迫されていても
それが風景になってしまうと
息苦しさを感じることもできなくなってしまいます。
気づけば、棚の上にも、床の隅にも、
「いつか使う」ものが置かれています。
けれど、それが毎日目に入るうちに、
それは風景になります。
風景になると、
不便さも、圧迫感も、感じなくなっていきます。
モノが溢れていて空間を圧迫されている
と感じているのなら、
そのモノを取り除いていけば
清々しい気持ちで暮らせます。
片づけたいとは思っている。
でも、今すぐ困っているわけではない。
時間もある。
空間もある。
とりあえず生活はできる。
だから、先延ばしにしてしまう。
それは、誰にでもあることだと思います。
かつての私もそうでしたから。
何となく違和感を感じながらも、
急ぐ問題ではないと先延ばしにしながら、
ついにモノが床に溢れて、
これではいけないと動き出しましたから。
私は、連れ合いも先に旅立ち、
子どももいないおひとりさまなので、
人が気持ちよく来てくださる空間があれば
人との交流も途絶えることなく
続けられるような気がするのです。
心地よい空間は、自分だけでなく
そこにいる人も癒してくれる。
そんな力があります。
年齢を重ねても、
人が集い、笑顔になる場所でありたい。
そのために、自宅の空間を創っていく。
そんなことを考えています。
片づけは、困ってからするものではなく、
どう生きたいかを選ぶこと。
快適さの基準は人それぞれです。
けれど一つだけ言えるのは、
モノが少なく、美しく整った空間は、
確実に、そこにいる人を癒してくれるということ。
それは、お金には変えられない、
かけがえのない価値だと思うのです。
片づけは、老後の課題ではなく、
今の選択なのかもしれません。









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